ロッテの背番号3「4番サブロー」が今シーズン限りで現役を引退します。悲しくてこれまで記事にできませんでしたが、ようやくこの事実と向き合えたので、今回書いてみることにしました。
4番サブローを忘れない。
サブローはPL学園で活躍し、94年ドラフト1位でロッテに入団。勝負強い打撃と高い守備力で活躍した。バレンタイン監督の下では「つなぎの4番」として本塁打は09年の22本塁打が自己最高だったが、クラッチヒッターとして強力ロッテ打線の一翼を担った。05年のリーグ優勝や、同年の31年ぶりの日本一、「下克上」とうたわれた10年の日本一の立役者となった。また07年の北京五輪予選台湾戦では同点のスクイズを決めるなど野球ファンの印象に残るプレーも多かった。11年途中には巨人にトレードで移籍。新天地で見聞を広げ、同年オフにはFA宣言し、古巣に戻り、ロッテ愛を示した。
出典:ロッテ・サブローが現役引退 2度日本一の立役者
ぼくがロッテを好きになった時、4番を打っていたのはサブローでした。「つなぎの4番」という代名詞で勝負強さを発揮していた、新しい4番像を作ってくれた選手でした。
2度の日本一に大きく貢献した選手が、ユニフォームを脱ぐというのはやはり辛いですね。。
思えば、2005年の日本一の主力メンバーがなつかしい。
(初芝、里崎、橋本、西岡、今江、福浦、サブロー、大塚、小坂、渡辺正人、塀内、諸積、堀、フランコ、ベニー、李承燁、渡辺俊介、清水直行、小林宏之、久保康友、セラフィニ、小野晋吾、小林雅英、薮田、藤田、小宮山)
この中で千葉ロッテで現役を続けていたのは、サブローと福浦だけ。
その内の一人、サブローが今年引退。これで残るは福浦のみ。
あの時の優勝を振りかえってみると、もう現役選手(ロッテ)が一人しかいないなんて悲しい。10年経ってれば当然なのかもしれませんが。
出典:スタメンデータベース
ただ、2005年は本当に強かった。その中心にサブローはいたんです。いくつものドラマをありがとう。
ピンストライプユニホームは、サブローが入団した1995年から採用され、サブローにとっては22年間ともに戦ってきたユニホーム。20周年デーとして行われた昨年4月4日の楽天戦(QVCマリン)の試合前、ビジョンVTRで登場したサブローは、「マリーンズイコールピンストライプ。自分の野球人生でも初めてのピンストライプのユニホームでした。とても気に行っていますし、色々なユニホームがある中で、特別なもの。これからもずっとマリーンズはピンストライプと共に戦って欲しい」とメッセージを発していた。出典:ロッテ・サブローの引退試合は「ピンストライプユニ」9・25QVCマリン
引退を表明したサブローは、9月25日のオリックス戦inQVCマリンが引退試合となります。青いユニフォームからピンストライプのユニフォームに急遽変更とのこと。
2度の日本一に貢献した功労者ですから、これくらいのことは当然ですね。
9月25日は、「4番サブロー」をこの目に、この耳に焼き付けましょう。
ぼくたちは、いや、俺たちは、
4番サブローを忘れません。