福浦2000本達成

2018年9月22日、ロッテ一筋25年の男がプロ通算2000本安打を達成した。これまでの"福浦和也"を振り返りながら感動を共有したいと思います。

感動。

井口や松井稼頭央から花束を受け取る背番号9の姿にはもう言葉は要りませんでした。

感動感動。ありがとう。

ここらで、時系列で福浦和也の歴史を追いたい。

背番号70でピッチャーとして入団。1年目(1994年)の7月に野手転向

1軍出場がないまま3年間を2軍で過ごす。
(平沢、安田、福浦さんでもこんな時代があったんだ!まだまだこれから十分花咲かせられるぞ!)

4年目の1997年に初の1軍昇格。

5年目の1998年に背番号を9に変更

2000年のシーズン中に母親を亡くすも、レギュラーとして定着し、初のオールスターゲーム出場を果たす。

2001年、打率.346で初の首位打者獲得。

2005年、ロッテ31年ぶりの優勝と日本一に大きく貢献。ボビーの日替わり打線采配の中で、
3番ファースト福浦だけは固定だった。

2010年、シーズン3位からの下克上日本一に貢献。

2011年以降は怪我に苦しみながらも代打の切り札やアドバイス役としてもチームに貢献。

2018年、プロ野球史上52人目の2000本安打達成。


プロは3年間結果を残してこそ一流の仲間入りと言われる中、6年連続打率3割を記録した福浦。

僕がロッテファンになった2005年から、3番ファースト福浦は当たり前の光景だった。誰にも変わることのできない唯一無二の存在。

2005年の阪神との日本シリーズ第3戦で放った満塁ホームランは、虎ファンで埋め尽くした甲子園を一瞬にして沈黙に変えた。

あの頃の野手、

西岡、今江の若手たち

里崎、サブロー、大塚、橋本の中堅

堀、小坂のベテラン勢

フランコ、ベニー、李承燁の外国人たち

全てがうまくミックスしたバレンタイン政権2005年はずっと忘れられない。そして、紛れもなくその中心には福浦和也がいたんだ。

2010年の西武とのCSファーストステージ初戦では、決勝点となるホームランを放ってくれた。ここからチームの「史上最大の下克上」へと繋がったんだ。

この時も、

清田、岡田の若手たち

西岡、今江、大松の中堅

サブロー、里崎、今岡のベテラン

キムテギュン

ここでも全てがうまく噛み合った。その中心にも福浦和也がいたんだ。

3番ファーストではなくて、6番や7番でのDHや代打での出場も多かったけど。

千葉ロッテマリーンズの栄光時代の中心にはいつだってこの男がいたんだ。

そんな男の2000本安打。泣けないわけがない。

ありがとう福浦和也。

おめでとう福浦和也。

いつまでも俺たちの福浦和也。

まだ引退したわけじゃないけど、ひとまずお疲れ様。
 


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